バナナの木

演劇学を学ぶ大学四回生です。自分の勉強のために観劇の感想を書こうかと思っているブログ

カオスな議会ロックショー(一部)―ロイヤルエクスチェンジシアター『Betty! A sort of musical』

 この劇は全体的に観るととびぬけて面白く優れている訳ではなく、その点は前回同じロイヤルエクスチェンジシアターで観た、『Let the Right One In』の方が良かったのだが、二幕頭の議会場面のあらゆる扮装をして様々な政治家が歌い踊る場面が非常にトンチキスペクタクルで、この瞬間を見るために私は劇場に通っているんだよ…の気持ちになった。ということで、分かる範囲で出来るだけ詳しく紹介していく。

 

 今回が初演であるこのミュージカルは、オリジナルのミュージカルで、脚本がMaxine PeakeとSeiriol Davies、作曲・作詞がSeiriol Davis、演出がSarah Frankcomによって務められている。このSarah Frankcomは、上演が行われたロイヤルエクスチェンジシアターの元芸術監督(2008-2019)だったようだ。

 

 劇は、1992年に女性として初めてのイギリス下院議会議長になったベティー・ブースロイド(Betty Boothroyd)について扱っている。しかしながら、伝記劇的なミュージカルとしてベティが主人公として描かれるのではなく、あるアマチュアの劇団がベティを基にしたミュージカルを作るという劇中劇の構成で、メタシアター的になっている。この劇中劇にすることによって、ベティ役は劇中で主演のMaxine Peakeに演じられる前に、他の二人の俳優によって演じられ、まさに異化効果が発揮されていた。存命の政治家を題材にするには不可欠な演出だったのだと思う。

 

 このDewsbury Playersというアマチュア劇団は、Maxine Peake演じるMeredithというキャリアウーマン風の女性がディレクターを務めており、彼女がかなり高圧的で、無理解に基づくような発言を繰り返し、娘のAngela含む他のメンバー達は振り回されている。そんな彼らが劇のリハーサルをしているという設定で進み、1930年代から1990年代まで大体年代ごとに普通の劇団員としての場面と劇中劇とが交互に繰り返されて進んでいく。劇中劇として描かれるベティの生涯のサブプロットとして、このMeredithと劇団員たち、特に娘の関係が悪化してまた改善していくという話、またBBCの取材としてやって来たAdritaと娘のAngela(どちらもレズビアンとして描かれている)の恋愛関係の話が挿入される形だ。正直言うと、この部分の話は、ジョークや他のミュージカルを引用したギャグ等、コメディ的な掛け合いで面白くはなっているのだが、典型的で予想がつく展開であり感動や面白みに欠けていると思った。こういった点で、ガーディアン紙などでは星3に留まっているというのは、納得がいくところであり、惜しいなという部分でもある。

www.theguardian.com

 ミュージカルシーンに注目すると、それぞれのモチーフからイメージするミュージカルのパロディ的な要素に満ちていて、ミュージカル史の変遷とも重なるように展開していくようだった。といっても、正確に当てはまるわけではないのだが、1930年代は、ベティの幼少期で田舎の家族の様子が描かれ、『オクラホマ』や『サウンド・オブ・ミュージック』のような雰囲気だし、1940年代は、ベティがロンドンのショーパブでダンサーとして働いていた時代で、『コーラスライン』のような雰囲気だ。1950-70年代は、ベティが政治活動を始め、冷戦や共産主義、ロシアでのスパイ活動がボンド物のように描かれた。更にベティはアメリカで政治家の助手を務めたこともあったため、歌詞がキャピタリズムになったアメリカの国歌「星条旗」が歌われたりした。

 

 中でも、一番の見どころは、前述の第二幕はじめの1990年代だ。まず暗闇で衣装をネオンに光らせた人達とたぶんその当時有名だったマスコットキャラクターが出てきて踊り狂っていると、舞台の天井から、豪華な議長椅子に座ったベティが吊られて降りて来る。この椅子は四隅が光っており、スモークがたかれることで、SFで出てくるUFOの着陸のようであり、神々しい瞬間だった。そしてロックミュージカルのような雰囲気に変わり、ベティと政治家たちの議会でのバトルが描かれる。この場面は議会がそもそも演劇的な空間だという事を想起させられた。最初がKISSのような格好をした○○(特定しようとしたがわからない)、続いて赤い帽子でラップバトルをするデニス・スキナー(野次の名手として知られているらしい)、アイリッシュダンスで戦う緑のドレスのイアン・ペイズリー、最後の大ボスが、白塗りに青い隈取のような化粧をして、青いトゲのついた『SIX』のような衣装を着たサッチャーだ。サッチャーはめちゃくちゃロックンロールで、最終的に議場でハンドバックで殴り合っていた。

 

天井から逆さにビッグベンが出てきたり、火花が散ったり、紙吹雪が舞ったり、照明が色とりどり七色に光ったり、天井からつられて登場したりと、やりすぎなくらいの特殊効果、大げさな演技が上手く使われて、キャンプでカオスなスペクタクルが表現されていた。私はイギリス政治にそこまで詳しくなく、英語もすべては聞き取れていないのに面白かったので、現地の人はより抱腹絶倒だったと思う。実際に隣も前もめちゃくちゃ笑っていた。

天上から伸びる逆さビックベン(?)

 

結局この90年代のシーンは夢オチのような感じで、感電したMeredithの幻のようなものであることが示される。その後は感電してBettyの人格と同一化してしまったMeredithが正気を取り戻し、すべての人が和解していくシーンが続くのだが、私の意識は90年代の方に持ってかれたままといった感じだった。他の人にも是非見てもらいたいが、再演をするにはサブプロットが弱すぎるのが問題かもしれない。

 

余談だが、劇が始まる瞬間の溶暗から音楽の入り方で、不思議とこれは宝塚に似ていると感じたのだが、劇が進んでいってもあながち間違いじゃなかったと思う。以下今作と宝塚の共通点。

・ミラーボールが回る、生オケ、オリジナルミュージカル

・古典を扱う際の、謎の劇中劇スタイル(cf. 『夢・シェイクスピア-「夏の夜の夢」-』99年、星組、バウ)

・偉人の名前を叫び続けるトンチキソング(cf.『暁のローマ』05年、月組

・主役が上からつられて登場する(豪華な椅子で出てくる様子は、エリザベートのトートのせり上がりの逆バージョンという雰囲気)

・ショーパブのシーンでラインダンスがある

BBCの社員役のLena Kaurがほぼタカラジェンヌのような風貌で、劇中劇でも男性役を演じる

・主演のMaxine Peakeがベティのキャラには完全に合っていてスター性もあるが、歌はそこまでうまくない(宝塚でも場合によるが)

www.lancashiretelegraph.co.uk -政治家やジョークの情報を得るために参照した。