バナナの木

演劇学を学ぶ大学四回生です。自分の勉強のために観劇の感想を書こうかと思っているブログ

観客の重要性 -『マンマ・ミーア』・『Gallifrey Cabaret』-

 先週の観劇の後、授業で観客論を勉強してからブログを書こうと思っていたため時間が空いてしまった。授業では、ジャック・ランシエールの『解放された観客』と、Royona Mitraの'Decolonising Immersion: Translation, spectatorship, rasa theory and contemporary British dance'というインドの古典的な芸術受容理論ラサ理論を用いて、イギリスのコンテンポラリーダンス作品(アクラムカーン等)を分析し、没入という概念を脱植民地化するという論文を読んだ。両者とも受動的な観客と能動的な観客という二項対立的な見方を否定し、どの観客もパフォーマンスに関与するアクティブな存在ということを主張しており、実際に先週の観劇もそのような観客の作品や演者に与える力を感じるものだった。

 

『マンマ・ミーア』 Manchester Opera House

劇場外観の様子。定番のポスター。

 映画化もされた名作ミュージカル。映画は2まで観ているのに、ABBAというグループバンドの曲を使ったジュークボックスミュージアムという事には観劇前に予習をするまで気づいていなかった。また、イギリス出身の同級生がカラオケでABBAの曲をノリノリで大人数で歌うのを観て、フーンやっぱりヨーロッパでは人気があるんだなぁとしか思っておらず少し舐めていた部分があったのだが、観劇後にはその気持ちが分かった(ちなみに観劇後その友達の一人に道端であって、感想を熱烈に伝えたら、公演がツアーできていること自体を知らず、驚いていた。何故…。)

 上演は、とにかく全員歌が上手く、面白く、良いミュージカルを観たという満足感でいっぱいになった。どうしてこのような設定の話を思いついて、それがABBAの曲とこんなにも上手く融合するのが疑問に思う位だ。制作のプロセスについて検索したら、このサイトが詳しかった(https://www.thecinema.jp/article/987)。ちなみにもっと上に表示されるサイトで最初にウェストエンドがニューヨークにあると書いているものがあり、その時点でそれ以降の情報に対する信頼を失ってしまった。

 

 youtu.be

 

 特に上記の「Lay All Your Love On Me」のシーンは、映画版でもかなり忠実に再現されているものの、二人の間に邪魔に入るコメディチックな部分はミュージカル版の方が良かったと思う。かなり面白かった。ミュージカルが先にあるものを映画化して、その後ミュージカルでは描かれていない続編が映画として新しく制作されるという展開は改めて興味深い。

 そして、作品自体も最高だったものの、観客が特に最高だった。まず客層からして、劇自体と同じく母親世代のグループと娘世代の若いグループの集団が客席の大半を占めており、女性が仲のいい友達たちと『マンマ・ミーア』を見に来るという状況が見ているだけで不思議な幸福感を得ることができた。そして劇中のナンバーではその友達同士でみんなで小声で歌ったり、リズムに乗りながら盛り上がるのである。こういう観客が歌ってしまうというのは状況によっては邪魔に感じてしまうこともあるのだが、今回の場合は作品やバンドが人々に愛されてるという事が切々と伝わってくるため、劇中の曲より先に間違って歌ってしまう人が出たりしても全く嫌な気持ちを抱くことなく笑うことができた。そして最後のカーテンコールの後には、アンコールで代表的な三曲程の歌が歌われる。観客の興奮も最高潮で、全員立ち上がってダンシングクイーン等を歌うのだが、一人で来ている私も恥ずかしげなく踊れるくらい開放的な雰囲気が劇場に満ちていたと思う。『マンマ・ミーア』の出演者は毎日こんなに観客が盛り上がるとすれば、幸せすぎて、これ以外の公演出れないのではと思ってしまう。また、このミュージカルは劇団四季でも上演されており、日本でも観られる作品ではあるのだが、この全員がABBAの曲にめちゃくちゃ親しんできたという観客の中で観劇できる経験はここならではだと思うので、観劇して良かった。

 

『Gallifrey Cabaret』 Contact

最後のカーテンコールの様子(写真撮影自由)

 近所のコンタクト劇場での公演。会員なので無料で観劇することができた。タイトルにある通りキャバレーなのだが、公演説明に書いてある通りドクター・フーのコンセプトの上演で、想像よりその元ネタ引用的な場面が多く、それ以外は特にキャバレーのパフォーマンスとしての面白さ、ダンスのテクニックや見せ方の工夫などが優れているとも思えなかったため、公演時間も二時間半と長い中、退屈してしまった。最後のハリーポッター批判と映像を使った政治批判は面白かった。

 この公演の観客も盛り上がっていたのだが、私が一ミリもネタを分からないということもあって、疎外感を感じた。また、隣の席の女性から強烈なアルコール臭がするのに加え、意味の分からない盛り上がっていない場面で叫んだり、踊ってめちゃくちゃ席を揺らしたり、前列の友人に私を横切る状態で話しかけたりするので、ただただ不快だった。やはり当然のことではあるが、観客にも全体のノリというのがあってそこから明らかにずれたり、舞台上の展開と全く関係なく盛り上がっているとしらけるものだと思う。

 

 ちなみに、最近ガーディアン紙で見たのだが、エディンバラプレイハウスの「ジャージーボーイズ」公演(去年私も観劇したやつ)が、観客同士が上演中に喧嘩を始めたことで中止になり、ATGという大手演劇制作会社が“best party in town” や“dancing in the aisles”といった宣伝文句を使うのを止める事を決めたらしい。私も舞台を見ていて急にこの瞬間突然舞台に走って行ったらどうなるだろうと頭をよぎることがあるが、約束事やマナーでどうにかなっているリスキーな部分がライブパフォーマンスにつきものだと改めて思う。観客は能動的な存在なのだ。

www.theguardian.com