バナナの木

演劇学を学ぶ大学四回生です。自分の勉強のために観劇の感想を書こうかと思っているブログ

30周年のシビウ国際演劇祭9~10日目(7/1/・7/2)

気がついたら、忙しく、しかし楽しい演劇祭は終わってしまった。注目作が多く上演される最後の二日間の観劇記録を残していきたい。

 

9日目

㉑Vertigo Dance Company “Makcom 30” @Ion Besoiu

ウォーク・オブ・フェイム(ハリウッドのように敷石に有名な演劇人の名前が残されている)に今年登録された、Noa Wertheimの率いるVertigo Dance Companyのダンスの上演。シビウの演劇祭は毎年イスラエルのダンスカンパニーを招聘しており、オンラインの2021年にはバットシェバ、去年はカンパニーアテンドを担当したキブツ、で今年はヴェルティゴというように一年ごとにそれぞれ有名なコンテンポラリーダンスカンパニーがやって来るようだ。

ダンスは、木の短い角材のようなものを使っており、全編通してエコロジーがテーマになっている。去年のキブツでも思ったが、下半身の使い方が印象的で、日本の伝統芸能のように重心が低くどっしりとしている。手を合わせて中心に持ってくるようなアジアっぽい動きの繰り返しもあって振付も印象に残るものが多かった。とはいえ、音楽と奇妙な、独特な振付の動きは、バットシェバやキブツの上演の方が私は好みだった。

 

Teatrul Masca “Famous Romanians: Crossing Borders and Making History” @ニコラエ・バルチェスク通り

Teatrul Mascaの上演風景

今年は、タリアホールの写真展示や、学生による上演の監修などで演劇祭の初日から大活躍をしている、Mihai Mălaimareの率いるブカレストの劇団による上演。毎年ほとんど参加している劇団で、去年同じくカンパニーアテンドで参加したので、プロデューサーや衣装さん、裏方の陽気なおじちゃん等に久々に再会できたのがまず嬉しかった。

去年は、スモールスクエアで野外の短い劇を二本立てで上演していたが、今年は大通りで、俳優の一人一人が銅像になりきるスタチューパフォーマンスをしていた。それぞれ10人ほどが道の小さな舞台にたたずみ、音楽とともに動き出す。舞台前方には、名前が書いてあり、昔の有名な俳優や学者をトリビュートしているようだった。

 

山の手事情社 『かもめ』 @ゴングシアター

今までギリシャ劇の上演関係で、『オイディプス王』などの上演をビデオで観ることはあったが、生では初めて山の手事情社の上演を鑑賞した。衣装に関して、洋風のドレスやスーツの上から、白い紙?のような音の出る生地で作られた袴のようなものを着用している。出番が終わった際の歩行の仕方もすり足のようで、能の様式のように感じた。物語は、「かもめ」の登場人物たちを剥製に人間と生きた人間に分けており、トレープレフ、ニーナ、マーシャらは生きた人間で、有名な女優でトレープレフの母親のアルカジーナや愛人で作家のトリゴーリンらは剥製ということになっている。生きた人間たちは比較的リアリズムに近い自然な演技をするのだが、剥製の人たちは白塗りをして、<四畳半>や山の手メソッドと呼ばれるような独特な身体の使い方とセリフの喋り方をしていた。最後の場面では、普通の上演でなされるような「私はかもめ」のシーンや、トレープレフが自殺を図るというシーンをあまり強調しない演出で終わったと思うのだが、色々入場・退場する扉のカーテンを抑える役をしていたので、あまり集中して確認することができなかった。

 

㉔ラドゥスタンカ国立劇場ファウスト』 @ファブリカ・デ・クルトラ

上演後の舞台の様子

シルヴィウ・プルカレーテ演出、オフェリア・ポピがメフィストフェレスを演じる劇団の代表作。昨年も鑑賞したので、記憶違いかもしれないが映像の使い方やワルプルギスの夜の場面の演出の端々が少しずつ変化しているように感じた。窓に映像が映されるようになったり、裸で赤くペイントした人の数が減ったり、空中に飛ぶ人の数も減ったような気がする。去年、同じくワルプルギスの夜の場面で指示通り奥に行きすぎて何も見えなかった反省を活かし、今年はステージ沿いに待機したら前回は全く見ることができなかった様々な快楽を味わうファウスト博士や、豚と性行為をする女性たちなど新しい場面を間近で観ることができてより一層楽しむことができた。スイカも飛んできた。また座席がなかったので階段の右端に座ったが、何度も階段を使うシーンがあり、オフェリアが本当に目の前で演技をしていたのが最高だった。「ワルプルギスの夜」の場面後、棺を作る人たちが歌っていた歌がスカーレット・プリンセスでも歌われていたような気がする(労働者の歌なのだろうか)ので、いつか確認したい。本当にただただスペクタクルを味わうことができる、最高の鑑賞体験だった。

 

10日目

㉕ピーピング・トム “Diptych: The missing door and The lost room” @ファブリカ・デ・クルトラ

上演後の舞台の様子。撤収がもう始まっている。

日本にも去年異なる演目で来日したピーピング・トムの作品。タイトルにもあるようにドアがキーアイテムになっていて、かなりミステリー風。吹いていないはずの風が見えたり、傾いていないはずの床が傾いて見えたりするような振付が不思議でもあり、面白くもあった。作品の中盤で舞台セットがソファーのあるホテルのエントランスのような部屋から、ホテルの客室のような部屋へと観客の目の前で転換するというのも見応えがあった。もっとダンスも論じられるようになりたいなと思いながら…。

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㉖シャウビューネ・ベルリン “(Not) the End of the World” @ファブリカ・デ・クルトラ

上演後の舞台の様子

今年ウォーク・オブ・フェイムに登録された(もちろん授賞式には来ていないらしい)ケイティ・ミッチェル演出の作品。自転車で上演中の電気をまかなうタイプの上演で、舞台の両サイドに一台ずつ合計二台の自転車が使われていた。ただ、前回イギリスで観た同じく自転車を使う『A Play for the living in a time of extinction』とは異なり、充電量が電光掲示板で表示されたり、暗転したり、特に言及するということが無く、ただ最初から自転車を自然に使っていた。Chris Bushのテキストを使った上演で、気候変動のテーマの中でも、特にティモシー・モートンが提唱し始めた「ハイパーオブジェクト」の概念(巨大すぎて知覚できないまま進んで行く気候変動、原子力汚染などを指す)を中心的に扱っている。そのため、話の筋も画一的に存在するのではなく、同じ状況の同じシーンがセリフだけ少し変えて何度も繰り返されて、色々な可能性を残すという構成になっていた。場面は主に、大学のポストに応募する有色女性と面接官の白人女性、大学のラボの指導教員?が亡くなってしまった有色女性とそれをなだめる?白人女性、舞台中央に出てきて独白をする白人女性に分かれている。時間軸が交錯しており、多分、面接を受けている女性が、研究調査で亡くなった女性と同一人物で、更に養子を迎えて、中心の女性はその未来の姿ではないかと思ったが、また確認しようと思う。確かに同じ動きの繰り返しばかりで、台詞も気候変動の話や数値の話をされると少し説教くさく、つまらなく感じた観客も多かっただろうと思う。ただ、前評判の悪さ程面白くないわけではなく、特に気候変動とジェンダーや人種、先住民への差別に関わる話を重ね合わせ、実際白人の面接官から、有色女性の候補者が差別を受けているという状況も分かりやすく示されていた。気候変動と演劇の授業を受けて、ある程度用語や問題に関する知識をつけたからこそ楽しむことができたのかもしれないが、私は意外と面白かった。

 

Compagnie Marie Chouinard “« M »” @Ion Besoiu

上演前の舞台の様子

カナダのカンパニーによるコンテンポラリーダンスパフォーマンス。演出家・振付家のマリー・シュイナールもまた今年ウォーク・オブ・フェイムに登録された一人だ。ダンサーが全員全編通して、ネオン色のズボンとおかっぱ頭の鬘を被って、上半身は裸で踊る。ダンサーが自分の声をマイクに発して、その声「シュッ」「ハッツ」等に合わせて踊るというシーンが多く、身体、言葉ではないコミュニケーションなどがテーマだろうかと一緒に見た人とは話した。しかし、何しろ大きい劇場の雰囲気や高齢者の多い客層との乖離が激しく、アイデアが新しすぎて観客が置いてけぼりにされる感じだった。

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L’Homme Debout “Mo and the red ribbon” @ビックスクエア

フランスのカンパニーによる、野外でのめちゃくちゃデカい人形を使ったパフォーマンス。とにかくこの人形の主人公Moがリボンの中に閉じ込められていたり、手足を拘束されていて不憫だった。最終的には、自由の身になり、花火も噴出して、堂々たるフィナーレを迎えた。

上演中の様子

 

ブログには書かなかったが、自分の担当した日本のカンパニーの2公演も合わせると、計30作品期間中に観ることが出来た。1回公演しか基本やらないラドゥスタンカ国立劇場の今シーズンのレパートリー公演(『Mass』など)いくつか見れなかったものもある。しかし、特に招聘されたものは、渡航前のオススメブログで挙げた上演を、ほとんど見ることが出来て良かった。カンパニーアテンドの仕事もかなりハードにやっていたはずなので、不思議な位だ。

最後にドローンショーが行われて、演劇祭も終了だ。ドローンショーは花火に代わって去年から始まったが、一年前よりも確実にレベルが上がっていた。来年もまた帰って来たいと思う。

ドローンショーの様子、今年のテーマの「Wonder」